トラウマ・PTSDの筆記療法の効果—認知行動療法との比較

「書く」カウンセリング:筆記療法によってストレスが減り、記憶力も改善する

でも、筆記療法(Writing therapy)によってストレスあるいはトラウマの記憶が整理されると書きました。

ここでは、トラウマ(PTSD)の筆記療法について、いくつか研究を紹介します。

 

PTSDの認知行動療法と筆記療法

Treating Acute Stress Disorder and Posttraumatic Stress Disorder with Cognitive Behavioral Therapy or Structured Writing Therapy: A Randomized Controlled Trial

この研究では、急性ストレス障害もしくは心的外傷後ストレスの治療として、認知行動療法と構造化された筆記療法を、ランダム化比較試験 (客観的に治療効果を評価するための方法です)によって比較しています。125人の患者をふたつの群に分けて、それぞれ1.5時間の治療を5〜10セッション実施しました。

DSM-IVに基づいた構造化面接や、出来事インパクト尺度(トラウマの影響を評価する質問紙)、ベック抑うつ尺度、STAI(不安尺度)、解離体験尺度などで評価されています。

その結果、認知行動療法、構造化筆記療法いずれの治療を受けた人たちも、病状(侵入症状やうつ、状態不安、回避症状など)の改善をもたらしており、効果には違いがなかったとのことです(特性不安つまり不安を感じやすい性格と、解離についてはあまりよくならなかったそう)。

 

心的外傷後ストレスと筆記療法

Writing Therapy for Posttraumatic Stress: A Meta-Analysis

こちらの研究では、抑うつ症状を伴う心的外傷後ストレスに筆記療法を行なった複数の研究を比較・分析しています。データベースから6つの研究が取り上げられました。トータルで633人の被験者のうち304名が筆記療法を受けていたとのこと。

この研究でも、筆記療法によって心的外傷に関連する症状が短期間で改善する傾向が認められています。これは、トラウマに焦点づけられた認知行動療法と同程度の効果です(比較した研究は2つだけと少ないとの注意書きも)。

心的外傷後ストレスの筆記療法をインターネットを適用して実施することは、僻地に住んでいたり匿名を保ちたいトラウマ生存者に、根拠に基づいたメンタルヘルスケアを提供できるというメリットがあるだろうとのことでした。

 

アートセラピーと筆記療法

どちらの研究でも、認知行動療法(CBT)と比較されていますが、CBTも「書く」ことが多い治療法ですし、いずれもトラウマ記憶に向き合うという要素が含まれているので、「同程度の効果」であるのも理解できるように思います。

その他、PTSDの子どもに「認知行動筆記療法」が効果的だったという研究()や、アートセラピーと筆記療法を組み合わせるとより効果的だったとする研究()などがありました。

 

トラウマと物語

他のところでも取り上げたのですが、トラウマと「書く」ということについていろいろ示唆を与えてくれるので再び触れてみます。次に挙げるのは、ベトナム戦争に従軍した経験をもつ作家ティム・オブライエンが、『本当の戦争の話をしよう』(文集文庫)という作品で書いていることです。

四三歳、戦争が終わってからもう人生の半分が経過してしまった。でも記憶はありありと、まるで現在のことのようによみがえる。そして時には記憶が物語へと導かれていく。そのようにして記憶は不滅のものとなる。それが物語というものの目的なのだ。物語が過去を未来に結びつけるのだ。物語というのは夜更けの時刻のためのものだ。どのようにして過去の自分がこうしてここにいる今の自分につながっているのかわからなくなってしまうような暗い時刻のための。物語というのは永遠という時間のためのものだ。記憶が消滅してしまい、物語のほかにはもう何も思い出せない時間のための。

トラウマの記憶は、時間や人間関係などの文脈から切り離されて、生のままで留まっています。その記憶が物語として加工されていくことで、過去と現在と未来が結びついていきます。

オブライエンはこのようにも書いています。

物語を語ることによって、君は自分の経験を客観化できるのだ。君はその記憶を自分自身から分離することができるのだ。君はある真実をきっちりと固定し、それ以外のものを創作する。君はある場合には実際に起こった物事から書き始める。(中略)そして君は実際には起こらなかったことを創作して、その話を書き進める。でもそれによって君は真実をより明確に位置づけ、わかりやすくすることができるのだ。

彼にとって、小説を書くという営みは、戦争のトラウマ記憶を客観的に見つめて、人生の中に位置づけようとする試みだったのかもしれません。

トラウマを抱える人のなかには、自分の体験が本当に起こったことなのかどうか確信をもてないという方もいます。加害者から「なかったこと」にされたり、周囲から「早く忘れた方がいい」といった言葉をかけられたことで、出来事や体験の輪郭があやふやになることがあります。

「書く」ことは、粘土板や石などの表面を引っ掻いて傷つけることから始まりました。ものの表面に刻み込んで、大切なことを記憶し、共有しようとしたのです。トラウマの筆記療法は、オブライエンが書いているように「その記憶を自分自身から分離する」「真実をより明確に位置づけ、わかりやすくする」あるいは「過去を未来に結びつける」といったはたらきをもつと考えられます。